ワーカーズ676号(2026/3/1)       案内へ戻る

  長谷川テルの信念 反戦・女性の権利追求
   夫婦別姓反対は時代錯誤・つくり笑いの高市に騙されるな!


3月8日、国際女性デーを再確認するためにも、長谷川テル(1912~47年)の生涯に注目したいと思います。エスペラント語を習得し、世界平和を希求した長谷川テルを、多くの方がご存知でしょう。

 当時20代の長谷川テルは1938年から41年にかけて、中国の戦場で、ラジオの「反戦放送」を皇軍兵士に向かって繰り返し行っていました。「熱い血を誤って流さないでください。皆さんの敵は海を隔てたこの地にはいないのです。お元気でどうか生き抜いて下さい」と。

 この時、テルは中国国民党に協力し、武漢、重慶から放送を続けたため、日本の都新聞(現・東京新聞)は、テルの身元を割り出し、「嬌声売国奴の正体はこれ」「怪放送、祖国へ毒づく」と伝えています。なぜ? テルが中国国民党に協力したのか?

 中国に渡る前から、中立的な言語によって平等な世界を作ろうと考案されたエスペラント語を使用するテルは、「エスペランチスト」として次第に反体制派として見られるようになりました。すでに1932年9月、テルは友人とともに治安維持法違反の疑いで逮捕され、学校(奈良女子大)も退学に追い込まれています。

 逮捕にひるまないテルは、日本エスペラント学会で働き、そこで知り合った中国人留学生の劉仁と結婚。37年4月、先に帰国した劉仁を追いかけ上海へ渡りました。同年8月に起きた第2次上海事変、ここで皇軍による市民への容赦ない攻撃を目にし、劉仁らの抗日運動に加わり、「二度と日本に戻れない」と覚悟したそうです。その後、日本軍に追われ、広州、武漢、重慶と拠点を移していったのです。

 長谷川テルは、戦時下の日本女性の地位についてもふれ女性参政権獲得、公娼制度廃止を訴え、当時の慰問袋や千人針を従順に続ける女性、それを日和見する女性たちにも厳しい目を向けました。1940年の「国際女性デー」には、日本軍の無差別爆撃が続く重慶で、「ファシストは日中両国の女性の敵だ」とし、国を超えた女性の団結を呼びかけました。女性蔑視の社会は軍国主義と地続きと、テルはすでに捉えていたようです。

 戦前の家父長制に執着する時代錯誤な考え方を持ち、外国人労働者への排斥、政治の腐敗である裏金問題などを抱える高市首相は、危険な政治に突き進むことに違いありません。軍事費増大の高市には、長谷川テルの世界平和を希求する姿勢の微塵も感じられません。

 長谷川テルの遺児(長男劉星5歳、長女劉暁嵐わずか9ヶ月)は1977年、「母親テルの親族を捜してほしい」と世田谷区役所に手紙を書いています。その後、それぞれは数年後、日本に留学。暁嵐はテルが通った奈良女子大や福島大で学び、93年に日本国籍を取得。日本名・暁子さんは70代でカナダで娘家族と暮らし、日中関係の悪化を心配し反戦の教訓を願っています。

 昨年8月、コロナ休止から6年ぶりに南京を訪れました。百日紅とプラタナスの街並みに迎えられ、慰霊祭に出席し南京大虐殺の祈念館に行きました。侵略の史実は、無かったことには出来ないことを私たちに教えてくれます。戦争を繰り返してはいけない。私たちも、諦めず、今を生き、声をあげ続けましょう。 折口恵子


  危うく危険な高市政権
   〝無責任〟な膨張財政と危険な国家中心政治と対峙しよう!


 選挙で圧勝した自維連立政権で、第二次高市内閣が始動した。

 その高市政権。総選挙での浮ついた言葉と見え透いたレトリックで、とりあえず圧倒的な議席を獲得した。それだけに、〝無責任な〟膨張財政と強権国家づくりへと加速しかねない。

 私たちとしても、高市政権への反転攻勢のギアを上げていきたい。

◆〝雰囲気とイメージ〟から政策転換へ

 高市首相が選挙戦の街頭演説などで語ったのは、「強い経済」「強い日本」といった抽象的な言葉が多くを占め、「世界の真ん中で輝く日本」など、浮ついたフレーズが連発された。いはば、〝令和版富国強兵〟を訴えたわけだが、その裏で語られなかったことも多い。その代表例が軍事費増やその財源などだ。

 高市首相は、昨年末の臨時国会で、岸田政権がめざした防衛費のGDP比2%への増額の前倒し実現をはたした。トランプ大統領が同盟国などに求めている5%(軍事費3・5%、関連インフラ投資など1・5%)への増額については、明言は避けているが基本的に受け入れ姿勢だ。むしろ米国の要求がなくとも軍需産業の育成をはじめ、率先して増額する姿勢を示してきた。

 仮に、GDP600兆円(24年=名目600兆円超)だとすると、直接的な軍事費は21兆円、関連インフラの整備で9兆円、計30兆円規模にもなる。増額前の約6兆円からすれば5倍も膨張することになる。現時点で、防衛費2%への増額でも確実な財源が定まっていないのに、だ。

 高市首相が掲げる〝責任ある積極財政〟では明言はしていないが、国債増発による軍事費増額などを視野に入れている節がある。現に、自民党内部からは、軍事費の財源として赤字国債の発行を容認する意見なども出されている。

 そんなこともあって、施政方針演説で具体的に何を語るかに関心を持っていた。が、演説では「経済力」に関する部分がほぼ半分を占め、危機管理投資や先端技術への成長投資などを強調し、続く「外交力」では「力強い経済政策」と「力強い外交・安保政策」を打ち出すだけで、高市印の案件については具体的な説明は少なかった。〝速やかに法案を成立させる〟とする「スパイ防止法」や「国章損壊罪」などは、言葉としては出ても来なかった。選挙で圧勝した結果、もはや多く語ることは必要なくなった、というわけだ。高市印の保守・反動、国家中心主義への〝大胆な政策転換〟を、国民・有権者に説明することは避けつつ、専門家会議などを活用して実現させるということだろう。

◆アベノミクスの二番煎じ

 高市首相が選挙戦から第一の旗印として掲げてきたのが〝責任ある積極財政〟だ。今回の演説でも、最も強調したテーマだった。が、その中身は、アベノミクスの二番煎じ、後追いだ。安倍政権が掲げたのは、大胆な金融緩和と積極的な財政出動、それを可能とする成長戦略という〝三本の矢〟だったからだ。

 その安部政権でアベノミクスはどうなったか。

 〝第一の矢〟である金融緩和は円安による輸入インフレを呼び込み、デフレ経済からの脱却には繋がったが、第二の財政出動は、国債依存の借金財政を一層深刻化させた。肝心の成長戦略は、全くの看板倒れ。GDPで世界第3位から4位に落ち込み、近く5位に転落する見込みだ。

 なぜそうなってしまったのか。それはこれまで自民党と財界が造ってきた日本の経済・財政構造そのものに原因がある。

 日本は、先進国で唯一実質賃金が上がらず、〝失われた30年〟から脱却できていない。ここ数年の〝大幅賃上げ(?)〟でも実質賃金はマイナス続きだ。これに少子高齢化も進んで、個人消費など国内需要は低迷したまま、輸出主導型経済の構造から脱却できず、輸出や対外投資で企業だけが儲ける経済構造になっている。

 その企業利益は、企業の内部留保と配当増や自社株買いなどで株主に還元されるだけ、不安定・低処遇の非正規労働が増やされるなど、リストラなど労働力のコスト削減だけがまかり通ってきた。他方では、企業の対外投資の増加などで、対外資産は世界一に膨らんでいる。

 要するに、そんな経済構造から脱却できないまま、アベノミクスは破綻したも同然だった。

 その中で高市首相が打ち出したのが〝責任ある積極財政〟だ。これはアベノミクスがいう積極的な財政政策と成長戦略を受け継いだもので、国内投資促進のための積極財政も掲げている。

◆実態は〝無責任〟な膨張財政

 高市首相は、〝責任ある積極財政〟の中身をまだ明確に打ち出していない。が、高市首相は、この看板の前提として、これまでの財政政策を〝行き過ぎた緊縮財政〟〝過度の緊縮指向〟だと語っている。これまで単年度でのプライマリー・バランスにとらわれた結果、積極的な財政出動に踏み出せなかった、と言いたいらしい。

 現に、高市首相のブレーンの一人と言われる会田卓司は、「成長投資も税収の範囲内で納めようとすることは間違い」と主張している(2月21日「朝日」)。同じような言い回しは、れいわ新撰組の山本太郎も主張してきた。山本太郎はこれまでの財政を〝緊縮財政〟だとし、積極財政に転換すべきだ、と言い続けてきた。最初は、巨額の財政赤字が積み上がる中、何を言っているのか、と受け止めていた。が、よく聞くと、歳出を歳入とリンクさせること自体が緊縮財政だ、ということだった。いわゆるMMT(モダン・マネタリー・セオリー)に依拠した、通貨発行権を持つ主権国家は、いくら財政赤字を続けても破綻しない、国の借金は国民の資産だ、という考え方だ。いわゆる〝ヘリコプター・マネー〟、お札をへりからバラ撒く、という比喩につながるものだ。

 高市首相が言う、これまでの緊縮財政(?)から積極財政への〝大胆な転換〟とは、何のことはない、MMTでのヘリコプター・マネーのことなのだ。この「へり・マネ論」は多方面から「放漫財政につながる」「無責任だ」と批判されてきた。だから高市首相は、〝無責任な〟膨張財政をやりたいので、枕詞として〝責任ある〟と言わざるを得ないのだ。

 とはいえ、増え続ける財政支出は、国債発行による借金財政が深刻化している現実を無視するものだ。現実は、25年末の国債残高は1131兆円にも膨れ上がり、現実のGDP比で二倍近くに膨れ上がり、先進国で最悪の借金財政になっている。これを〝過度の緊縮財政〟と見なすのは、明らかに現実無視だ。

 実際、高市首相がとりあえず対置する「複数年度予算」や「長期的な基金による投資促進策」という枠組みでは、〝今年だけ〟は、という言い逃れでの単年度での放漫財政が繰り返される余地が大きくなる。財政規律の歯止めを次々と形骸化させる姿勢が止まらない。

◆危険な〝高市印〟の政策転換

 総選挙では、「強い経済」「強い日本」、それに「大胆な改革」「大胆に挑戦」など、有権者の耳に響きやすいフレーズを連呼してきた高市首相。総選挙での大勝を受けて、これまであまり語ってこなかった高市印の政策にも言及するようになった。たとえば、姓の通称使用の法制化や皇室典範の改定、あるいは国家情報会議の新設と国家情報局への格上げ、それに武器輸出の歯止め解除などだ。

 それでも防衛費増や憲法改定等については、具体的な言及は避けている。あえて言及して、批判や疑念を招きかねないからだ。もはや圧倒的な議席を確保した高市首相としては、多く語ることは必要ない。具体的に法整備の実現に向けて準備を進めていくだけだ。

 ちなみに、高市首相は日米同盟一辺倒な安保強化を語っているが、トランプの〝ドンロー主義〟に対し、米国依存からの脱却も視野に入れた安保政策への転換を模索している西欧諸国。それに対比して、日本はどこまで米国一辺倒を続けていくのか、という模索の姿勢はまったく見られない。

 そんな高市印の政策については、たとえば昨年の日本維新との合意を含めて、〈別表〉のような日程が示されている。

〈別表挿入〉 高市政権が予定している政治日程

・男系男子の皇位継承を維持する皇室典範――26年通常国会で改正
 ・日本国国章(国旗など)損壊罪――26通常国会で制定
 ・スパイ防止法――今夏までに有識者会議設置し、速やかに法案を成立させる
 ・武器輸出を制限する「5類型」の撤廃 ――26年の通常国会で廃止
 ・自衛隊の「階級」「服制」「職種」などの国際標準化――26年度中に実行
 ・国家情報局開設のための法律の制定――26年通常国会で成立
 ・日本版CIAの創設――27年度末まで
 ・安保三文書の改訂――年内


 これらの政治・政策課題は、高市首相の選挙演説では、具体的な言及はほとんどないまま、今は日程だけが語られ、早くも国会での議論は必要なし、との姿勢も垣間見える。

◆高市人気の空疎な実相

 今回の選挙戦では、高市首相の演説に多くの有権者が集まったという。が、新聞報道によれば、高い支持率を保持する首相を、一目、見てみたい、という聴衆も多かった、ともいわれる。演説する首相をスマホに収め、演説を聴くでもなく、ニコニコと早々に去って行く人も多かった、と。なにか人気スターやロック・スターのようなイメージで足を運んだのだろうか。

 スマホ(SNS)選挙が全開したといわれる今回の総選挙。新聞やテレビは古いメディアだとして忌避する有権者。スマホの狭い画面で、どれほどの党派の選挙公約や具体的な政策を見渡せたのだろうか。その理解の上でというより、スマホ画面上の短いスローガンやショート動画などによるイメージだけで投票した人も多かったといわれる。

 実際、AIで抽出した高市首相の街頭演説で多かった言葉は、一番は「日本」で二番は「投資」、以下「成長」「予算」「技術」と続く。他方で、マニフェスト掲載の消費税、議員定数、中国、皇室典範、政治資金などは、語られなかった、という(以上、TBS)。

 こんな響きの良い言葉が振りまかれた選挙戦で、前向きだ、将来に期待が持てる、何かやってくれるだろうと、有権者は高市自民を押し上げたが、それはあくまで〝期待〟に過ぎず、現実の生活改善などでの評価ではない。
 現に、今回の選挙でも、若者や現役世代の投票先は、大きく移動した。中道改革が大敗しただけではなく、参政党や国民民主から自民党に票が大きく流れ、新興政党のチーム・未来が躍進した。ここ数回の国政選挙では、有権者が新たな救世主を求めて、目新しい政党や党首の間を浮遊している様相を浮かび上がらせた。

 高市首相は、総選挙ではタカ派的、極右的な政策やフレーズを発することはせず、「強い経済」や「強い日本」という、〝令和版富国強兵〟を前面に押し出す手法で有権者の支持を取り付けた。いはばSNS選挙での勝利の手法を実践し得た、わけだ。

◆新しい〝独裁者〟への反転攻勢へ

 右記のような状況の背景にあるのは、個人と政治がスマホ(SNS)を通じて、直接繋がっている、という現実がある。一時のブームが起こると、直ちに投稿され、また類似のショート動画が自動再生され、それらが雪だるま式に大きく増幅した。

 かつては大きな力を持った中間組織、労組や市民運動などが再度力を取り戻せば、一時の雰囲気やブームによって政治・政策に関する判断基準が揺らぐことはない。

 私たちとしては、SNS政治の土俵上でも対抗すると同時に、中間組織など草の根からの活動も拡大・強化し、それらを車の両輪として〝突然現れた独裁者〟の様相を強める高市政権への反転攻勢を拡げていきたい。(廣)案内へ戻る


  体験的高市ブーム と「革命」の正体

■高市の「革命幻想」

 Yさん:「世の中がひっくり返るよ」「高市が圧勝するからね」
この発言は投票二日前に、職場での同僚との会話のなかで出ました。

私:「自民党が勝って変わるのか?」

Yさん:「これから世の中ゼーンブひっくり返るからね」「ウソツキや役に立たない者たち、甘い汁数吸う人を一掃する」(高揚した様子)。

私:「それじぁ革命だね」と冗談のつもりで言ったが・・・。

Yさん:「そう、革命、革命だよ」と。「ノダにできる?」とも。

驚きではあるが、確かに「ノダ」には何もできない。高市に賭ける心情は解らないでもない。Yさんは「高市は何でもはっきり言う人」「正義がある」とも。これがいわゆる「推し(高市のこと)活」「サナ活」ということだろう。
たしかに、高市自民党は歴史的大勝利を果たしました。

 高市は防衛特別法人税四%をすでに決め、「金融所得、富裕層」に課税強化も検討の可能性あり、他方、消費税は一部減税方針を打ち出し「無いところから取らず、あるところから取る」という庶民派ポーズを実にうまくとりました。
・・・・・・・・・・・
一週間後に職場でまたYさん出会ったので、私は皮肉をこめて「高市さん大勝利すごいね」と言ったが、意外なことに一瞬沈黙があった。そののち私にこう言った「戦争起きない?高市はいいが戦争が怖い、食糧自給もできないのに」と言った。(それなのに支持したの!?)。

■繰り返された「疑似政権交代」

 私の職場のように結果を長くは待てない人はますます増えています。「改革」「革新」と言い続けてきた野党諸政党が生活改善の結果も展望も出せていなかったことが「高市大勝利」のもう一つの側面です。今回もいわゆる疑似政権交代で「自民党・革命派=高市」が政権を掌握したという事になります。

 高市の躍進の背景には、氏が自民党内の「伝統保守」とは一線を画す「改革・革命家」として一部の国民に受け入れられたことがあります。それが本質であり「推し活」スタイルは支持者たちが政治参加に不慣れであることを示しているだけだと思います。石破前首相や野田前代表(中道)が体現する、財務省や各官僚機構との協調を受け入れる「眠り込んだ保守」に対し、高市は「責任ある積極財政」を掲げて、財務省主導による自民党を通じた業界中心財政をまるで「緊縮財政」であるかに欺瞞に満ちた攻撃を繰り返し、積極投資による国家の強靭化を説きました。

 派閥を持たず世襲議員でもないのに初の自民党女性総裁を闘いとり首相になった高市。これは田中角栄とは別の意味で一つの時代的象徴になりました。一部の有権者にとって、彼女は自民党で虐げられながら希望を失わず、女の身一つで古い体質の自民党のなかで苦闘しながら足場を作り、戦後政治そのものを塗り替える「革命の象徴」として映ったのでしょう。ところが新参の「推し活」タイプの支持者たちは、高市の政策を議論したり吟味したりしていないようです。

 全国的に雪が降り真冬の選挙でも投票率が上がりました。一部の大衆の政治に対する強い意志の反映だと言えるでしょう。有権者のわずか5%の変化は何百万票となり小選挙制度を味方につけて大局を変化させたのです。

■国家権力の強化と人権の軽視

 言うまでもなく高市の「革命」らしきものの先に見えるのは、国家権力を最大化させる「保守反動」の政治であり、生活改善ではありません。公明党という疑似リベラルな「ブレーキ」が外れ、維新という「暴走アクセル」と連立を組んだことで、政策のベクトルは「国家の強化」へと一直線に向かっています。具体的には、積極財政による軍事・安全保障関連投資、デジタル監視基盤の整備、スパイ防止法の制定による政治活動の規制、そして緊急事態条項を含む憲法改正による行政権力の強化です。これらは「国民の安全と繁栄」という大義名分の下、急速に進められるでしょう。

 結論として、高市政権の大勝利は、日本が「個人の自由」よりも「国家の論理」を優先するフェーズに入ったことを意味します。そのことは高市を今回支持した人ですら感づかないハズは無いでしょう。職場のくだんのYさんも「高市大勝利」が「戦争」に近づくという不安を感じざるを得ないのです。

 しかし、そんな「支持者」などはおかまいなしに衆議院の議席の2/3を単独で獲得するこの劇的な勝利を、高市は「国民の合意」の証として押し出すでしょう。私たちは今、一部のしかも一過性で軽率な「推しブーム」を背景とした「強い国家」路線や外国との軋轢を厳しく暴露し反対してゆかねばなりません。比例区36.7%得票や自民単独316議席獲得は、公明党の強固な組織票という「下駄」を失いながら、小泉旋風や安倍黄金期を凌ぐ得票率を記録した事実は、特定の組織に依存しない「高市推し」「サナ活」(「読売」など大手紙が使った表現)が百万単位で出現したことをしめします。とはいえ決して国民の総意どころか全有権者という母数の約二割にしかすぎません。全国民がいわんや勤労市民が高市氏に白紙委任もするつもりはないのです。(竜)


  中道改革連合の大敗北と党勢の回復の道

中道改革連合の大敗北

 高市早苗の突然の提起により行われた総選挙において、旧立民と旧公明が合流し急遽創設された中道改革連合の獲得議席は49で、旧立民系が21、旧公明系が28だった。

 あまりの自民党の大勝により、比例代表選で自民党は当選枠に充当する候補者が足りず、14議席が他党に流れた。そのため、旧立民系はこの「お流れ」で6議席を獲得。これがなければ旧立民獲得議席は何とたったの15だった。まさに大敗北としか言いようがない。

 党の顔である党首も野田佳彦が民主党解体の最大の責任者であったこと考えれば、新党への期待感などまったくなかった。立民が建前であれ掲げてきた辺野古建設反対や原発再稼働反対も人間主義の名の下に取り下げた時点で立民支持者の多くの期待を裏切った。そのため選挙の勝敗を分ける基盤支持層と若年層と無党派層の取り込みに完全に失敗した。

 その意味において野田の非自民層の取り込み戦略はものの見事に破綻したのである。

 野田の責任は「万死に値する」。だがそれもこれも松下政経塾出身者の役回りである。

 中道改革連合の代表的な面々である小沢一郎・阿部知子・枝野幸男・安住淳・岡田克也・海江田万里・玄葉光一郎等々は討ち死にした。実際、140を超える立民系議員が国会を去ったが、公明系は逆に21から28へと、7議席も増やしたのである。

 数合わせの足し算で議席の拡大を狙ったのだが、実際には引き算になってしまった。

 この結果から中道改革連合とは、そもそも中道の看板に見合った公明党のリニューアル政党であるとの内実が誰の目にも明らかになった。高市自民圧勝を阻止するための合流は追い詰められてのものだったが、実際に新党の名称とその基本政策も公明よりだったのだ。

小川淳也代表に突き付けられている党勢の回復の道

 この大敗北後の2月13日に中道改革連合は新しい代表選を実施した。公明系は遠慮し立民系の小川淳也が新代表に選出された。小川代表がただちに取り組むべきは党の基本政策再検討である。比例代表の順位問題などはそもそも党内の問題でしかないからだ。

 結党の原点である野田・斉藤路線が正しかったのか否かの全党的論議が必要である。

 今後有権者と真摯に向き合う上でも求められているのは、党の基本政策の見直しである。現に総選挙中でも党の「基本政策」に反する主張を展開する候補者が多数存在したという。

 中道改革連合の基本政策は、原発容認、安保法制合憲、憲法改正推進に集約できる。

 実際、これらの点について中道に合流した旧議員の多数が反対の見解を表明していた。

 すなわち将来的に原発へ依存しない社会を目指しつつ、安全性が確実に確認され、実効性のある避難計画があり、地元の合意が得られた原発の再稼働、また平和安全法制が定める存立危機事態における自国防衛のための自衛権行使は合憲、そして立憲主義、憲法の基本原理を堅持した上で国民の権利保障、自衛隊の憲法上の位置付けなどの国会での議論を踏まえ、責任ある憲法改正論議の深化の三方針を、敗北の中で見直すか否かの問題である。

 今、小川代表に問われているのはこれら三原則を見直しするか否かである。官僚出身といっても旧自治省で初任地が沖縄だった小川代表のリーダーシップに期待したい。(直木)案内へ戻る


  日米関税交渉と労働者の不利益 「アメリカファースト」への追随を拒否すべきだ
  問われる高市・トランプ会談


 2026年2月18日、日米関税交渉に基づく対米投融資の第1弾として、ガス火力発電や人工ダイヤモンド製造など3つのプロジェクトが正式に動き出しました。総額84兆円にものぼる対米投資のごく一部です。

 日本政府はこれを「ウィンウィンの関係」と称揚し、対米関税のさらなる引き上げを回避した成果として強調しています。しかし、その華々しい発表の実態は、日本の労働者の賃金停滞を固定化するものです。

 そのうえ米国で「国際緊急経済権限法」発動に違法判決が確定(二月二十日)し大統領令が廃止させられました。いまや不法となったトランプ関税の圧力のもとに決められた対米投資の履行義務すら正当性がないとも言えます。高市政権に履行中止を突きつけましょう。

■「ウィンウィン」は虚像、敗北の構図だ

 高市政府が掲げる「ウィンウィン」という言葉は、極めて短期的な政治的防衛策に過ぎません。5500億ドル(約84兆円)という巨額の資本が対米投資へと向かうことは、日本国内で本来行われるべき設備投資や技術開発、そして労働者への分配(賃上げ確保)の機会を奪うことを意味します。

 「失われた30年」の根底には需要の底冷えの続く日本を資本が見限り、安価な労働力や巨大な消費市場を求めて海外へ流出し続けたことにあります。歴代の日本政府はそれに何ら対策を打たず、むしろ放置してきたのです。今回の対米巨額融資は、この「資本逃避(キャピタル・フライト)」の動きを政府主導で長期に渡って強化するものであり、円安インフレのさらに強い要因となります。

 米国内に巨大な発電所や製造拠点を築き、数十万人の雇用を生み出すことは、トランプ政権にとっては輝かしい実績となります。この投資の政治性はすべてのが「スウィグ・ステート」つまり民主・共和両党のせめぎあいの激しい地域への投資だという事に示されています。中間選挙と次期大統領選挙目当てなのです。ところが日本の労働者にとっては、自ら築き上げた賃上げの原資や職場の維持となる原資が、自・維政権の元で他国に吸い上げられ、自らの生活がさらに抑制されるという「敗北の構図」に他なりません。

■トランプ関税の挫折と「トリフィンのジレンマ」

 先日の米国最高裁判決により、「トランプ関税」の違法性が明確化し、議会判断を無視した大統領令(国際緊急経済権限法に基づく)が覆りました。しかし、裁判では関税の「返金について」は触れなかったので、今後「返済訴訟」が各企業などから起こされうるし、トランプ政権は別の根拠法で関税を維持するとも主張しており、混乱が長期化するでしょう。

 さらに深刻なのは、米国の通商政策が抱える理論かつ現実的な破綻です。トランプ大統領は「高関税こそが米国の貿易赤字を減らす」と主張しますが、現実には2025年の機械・航空機など、関税政策の主戦場だった「財」の赤字は過去最大を更新。トランプの「赤字78%減」発言は否定されました。ここには「トリフィンのジレンマ」という、基軸通貨ドルが宿命的に抱える矛盾が作用しています。

 米国ドルは、戦後圧倒的な政治的、軍事的、経済的な米国のパワーの下で基軸通貨となりました。すなわちドルに対しする国際的に強い需要があること、このような米国通過ドルの優位を利用して、安く世界の富や資材を輸入することができたのです(それ自体が世界の労働者への間接搾取です)。しかし、ドル需要がある限り貿易赤字は自国通貨ドルの増刷でファイナンスされ続けたのです。米国は対外純資産がマイナスでも破綻しないのです。まさに国際貿易には「ドルの流出」が不可欠であり、そのメダルの裏面として基軸通貨国は経常赤字国になるしかない、これこそトリフィンが論じた「ジレンマ」なのです。

■改めてトランプ政権の通商政策を問う

 もしトランプ政権が本気で貿易黒字を目指せば、世界的なドル不足を引き起こし、世界経済を混乱に陥れるとともに、ドルの基軸通貨としての地位を自ら崩壊させることになります。

 米国はこれまで、この特権を利用して、紙切れに過ぎないドルを発行することで世界の富を実質的に「買いあさって」きました。トランプ政権が関税によって赤字を削減しようとする試みは、このドル体制の恩恵を享受しながら、その代償である赤字だけを拒絶するという、矛盾に満ちた自国本位の振る舞いです。

 ふれてきたように米国の2025年の貿易赤字はさらに拡大したと報道されました。つまり関税という対症療法では、ドル=基軸通貨制度に原因をもつ経常収支赤字という「慢性疾患」を治せないことを証明しています。トランプが、ドル特権を維持しつつ経常収支を黒字にしようとする「トランプのジレンマ」は子供じみた願望として終わるでしょう。

■日本経済の構造的固定化への懸念

 このような状況下で実行される巨額の対米投資は、日本経済を「米国の下請け」的な地位に固定化させるリスクを孕んでいます。投資から得られる利益の大部分(90%とも言われる)が米国側に留まるという配分ルールは、それが純粋な投資ではなく、対米自由貿易をかろうじて維持するための「みかじめ料」であることを示唆しています。

 日本の労働者の賃金が先進国で唯一30年間停滞し続けているのは、生産の果実が国内の労働者に還元されず、海外への資本移転や企業の内部留保に消えるのが一因です。今回の事態は、かつてブレトンウッズ体制を崩壊に導いた「トリフィンのジレンマ」に抵抗すべく米ドルの防衛に日本が無理やりサポートさせられている姿に他なりません。トランプ政権の「アメリカ・ファースト」に追従することは、日本経済の長期停滞から「ニホン・ラスト(終末)」を加速することになりかねないのです。(阿部文明)案内へ戻る


  国家・租税・国家財政とマルクス  租税の本質と労働者の闘い

■国家とはなんでしょうか。マルクスは国家や税を、けっして中立的な制度として捉えませんでした。国家は社会における階級的対立の産物であり、その行政は特定の階級の利益を制度化する役割を担うと考えたからです。『共産党宣言』でマルクスとエンゲルスは、「近代国家の行政は、ブルジョア階級全体の共同的諸事務を取り扱う委員会にほかならない」と述べています。

 確かに日本でも自民党政府は官僚・財界と鉄のトライアングルを組み、日本を長年統治してきたのです。このような歴史や私たちの生活経験からしても、国家・行政とは、資本家やエリート階級が他の階級(労働者、勤労者)の安定支配を実行する組織化された権力だということです。富裕階級は「合法的に」存在し続け肥え太ります。

■国家は、古代中国の様に中央集権的官僚制として租税をあつめ(王朝が代ろうが)分厚い官僚制度で全人民を数千年にもわたって支配・収奪することができたのです(現在の「中華人民共和国」もその延長上にあります)。

 欧州社会では国家形成がゆるやかであり、封建制度が長く続き国家支配の要諦である官僚制度や軍制が相対的に未熟であり、その結果、階級対決の妥協の産物として議会制民主主義が生み出されました。この制度のもとでは階級的闘いがたびたび議会やその党派に波及します。近代社会に台頭した労働者階級もその政治的闘争の一翼としてあるいはその先頭に立ち議会制度を階級闘争に利用してきました。その意味では相対的には優れた制度なのです。

 しかしながらマルクスがフランス革命以降の国家構造を、「ブルジョアジーが自己の支配を政治的に制度化したもの」と主張しました。すでに最初にふれましたが歴史経過が教えるように、議会を通じた闘いは経済的に優越したブルジョア階級に優位に働くのが事実であり、議会は根っから欺瞞の道具でしかなく、官僚と軍隊は政府とその財政ににより囲われてしまっていると言えます。

■まとめると。時代により、また同時代においても様々な国家類型がありますが、国家の本質は何千年も変化していません。それは階級に分裂した社会の支配階級による統治の組織なのです。勤労者、労働者側から見れば抑圧的な制度なのです。この点を踏まえて今回とり上げる財政政策や税制にどのように対応するかを考えてみましょう。

■租税は民衆搾取に上乗せされた国家による強制的追加域取り分なのです。古代国家から現代にいたるまで、租税は(その形態は多様でも)国家による直接的な剰余労働ないしは剰余価値の収奪なのです。それは王権や大統領制、議院内閣制などの支配力の維持強化に費やされるのです。『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』の第7章において、マルクスは税について次のように述べています。「租税とは、官僚、軍隊、教会、および宮廷、要するに行政府の全機構の生命の源である。強力な政府と重い租税とは同義である」と。

 現代の国家は税=国家予算を「再分配の原資」と位置付けますが、共同体幻想以外の何物でもありません。税はたしかに薄く広く集められ「再分配」に利用されますが、底辺の納税者が生活苦に遇っても他方では国家すなわち官僚や行政や軍事を支え(高市積極財政を見よ)、さらにひろく安全保障の名のもとに先端企業や重工業などに厚く分配されます。その一部はもちろん貧困な庶民にも回されますが、現代の先進諸国の再分配は、階級矛盾の調整弁としての機能が見て取れます。

■労働者が生きるために必要な最低限の生活費(食料・衣服・住居など)は、資本主義では「労働力の再生産費用」として賃金に反映されます。しかし、生活必需品に課税するとどうなるか。賃金は簡単には上がらない、しかし生活費は確実に上がる、結果として、労働者の実質賃金が低下する・・・つまりこれこそ今の日本です。消費税は労働者の生活維持に必要なコストを国家が横取りする仕組みだとマルクスは見抜いていました。

 これは単なる「低所得者ほど負担が重い」という逆進性だけの問題ではなく、労働力の再生産に必要な費用を削り取る=労働者の生存条件を侵害する税制という、より構造的な批判です。実際、マルクスは『フランスの内乱』などで、間接税を「労働者階級に最も不公平な税」と明言しています。

■マルクスは国債について「国家が資本家に支払う利子の源泉は労働者からの税である」と指摘しました。国家の借金を意味する国債ですが、そこで国債の所有者(銀行や有産階級)に支払われる「利子」とは、労働者が生み出した剰余価値が租税として国家に吸い上げられ支払われるからです。国債は資本家にとっては利潤を生む資産となり、労働者にとってはその返済を負わされる負担として作用します。この構造において、国家財政とは直接の租税ばかりか穴埋めとしての「国債」も含めて資本の利潤を補完しその体制を保証する仕組みとして機能します。

■「租税(プラス国債)」からなる巨大な財源が、どの様にどの階級、階層、利益団体へと配分されるのかは、議会での論戦ではなく、むしろ業界ロビーによる議員の抱き込みやあるいは裏金の散布により決定されてゆきます。法人税は下げられ消費税上げられるという現実はそれを鮮明に語っています。軍拡や原発などへの湯水のような国費投入は、支配階級の利益団体の活動の「成果」なのです。

 以上のように、国家・租税・国家財政は、いずれも階級的力関係の表れであり、残念ながら体制の構造によって予定され、階級間の闘争(議会の外も含めた)の結果として多少の譲歩を得るのみです。「議会で熟議すれば良い答えが出る」とする立場は、階級支配を不可視にするブルジョア的イデオロギーであると言わざるを得ません。(阿部文明)


  命綱である高額医療費制度の改悪を許さない! 
 高市政権は 高額医療費の限度額引き上げをやめろ!


 高市政権は、高額医療費の限度額引き上げを強行しようとしています。

 厚生労働省は、昨年12月25日の医療保険部会で高額療養費の限度額引き上げに伴う財政影響を示しました。高額療養費制度の限度額引き上げは年1回から3回までの利用者が対象となります。2026年8月に一律7%限度額が引き上げられ、2027年8月には現行4区分の所得区分が13区分に細分化され限度額が引き上げられます。※年4回以上利用の多数回利用者は据え置かれました。

 年1回から3回の利用者は厚労省資料によると660万人です。70歳未満の制度利用者(外来特例を除く)は320万人(全利用者395万人の81%)でした。70歳以上の制度利用者(外来特例を除く)は340万人(全利用者426万人の79%)でした。

 2026年と2027年の2年間にわたる制度改悪で給付費が2450億円(保険料削減効果が1640億円、公費削減効果が800億円)削減されます。新設された年間上限該当者(約50万人を見込む)で給付費増加額は540億円となり、給付削減額と給付増加額の差し引きの金額となります。 

 重大なことは限度額引き上げに伴う受診抑制(いわゆる長瀬効果)を1070億円見込んでいることです。受診抑制により削減される金額は削減全体(2450億円)の約44%にあたります。まさに命を削って1000億円削減されることを見込んでいることになります。

 厚生労働省は、限度額引き上げの目的の一つに現役世代の保険料負担軽減を掲げています。加入者一人当たりの保険料軽減効果は、年間で1400円であることが分かりました。

 各保険者で600円から2100円とばらつきがありますが、年間で1400円、月額だと116円とわずかな軽減にとどまります。

 高額療養費制度の自己負担限度額引き上げをめぐり、全国保険医団体連合会(保団連)は2月19日、都内で厚生労働省への要請行動を実施し、撤回を求めるオンライン署名25万筆超を提出しました。

 保団連が1月に緊急実施した患者影響調査(回答数1701件)では、「現行制度でも既に限界で、これ以上の負担増で治療を続けられなくなる」といった声が多数寄せられています。

 要請行動には患者当事者も参加し、関節リウマチと間質性肺炎を抱える45歳の女性の「給料のほとんどが治療費に消え、貯蓄も老後の資金もない」という訴えや、乳がんを経験した30代女性の「負担がこれ以上増えるなら治療継続が難しい」という声が代読されました。

 保団連によると、年収650万~770万円の所得区分では月上限額が現行の8万100円から2年後に11万400円へと約3万円増加するそうです。

 加えて、70歳以上には、外来医療費の自己負担上限を入院とは別に低く設定し、高齢患者の通院負担を軽減する仕組み「外来特例」が設けられていますが、今回の改正でこの特例も見直しが予定されていることから、月額1万円の負担増になりそうです。

 一方の厚生労働省側は、多数回該当の金額維持や現役世代への年間上限額の新設、年収200万円未満の課税世帯への配慮など、「長期療養者・低所得者に十分配慮した見直しだ」と強調しています。

 また、「現役世代の保険料軽減」という政府の説明についても、保団連は今回の負担増の対象となるのは、年間1~3回制度を利用する患者約660万人で、全利用者の約8割にあたります。その負担増によって得られる保険料の軽減効果が「国民1人あたり月わずか49円にすぎない以上、これほど多くの患者に過大な負担を強いる根拠にならない」と。まさにその通りです。

 命綱である高額医療制度の改悪である、医療費の限度額引き上げは人の命をなんとも思わないものであり、到底許せません。高市政権は、高額医療費の限度額引き上げをやめるべきです。(河野)案内へ戻る


  AIバブルの本質③ デジタル資本主義が推進するAI建設の危うい未来

 現在、世界経済の主役である米国ビッグテック各社は、人類史上かつてない規模の資本を「人工知能(AI)」という単一の技術領域に投じています。しかし、その華々しい技術革新の陰で、資本主義の根幹を揺るがす深刻な矛盾が頭をもたげつつあります。私たちは今、テクノロジーの進歩という幻想の裏側にある、極めて危うい経済的・環境的現実に直面しています。

★米国ビッグテックによる生成AI関連投資

 2026年現在、アルファベット、アマゾン、メタ、マイクロソフトの4社が計画する設備投資額は、合計で年間約6,500億ドル(約100兆円)という驚天動地の規模に達しています。この額は、一国の国家予算にも匹敵するものであり(日本には及ばないが仏、独国家予算を上回る)、その投資先は主に大規模言語モデル(LLM=生成AI)を動かすための巨大なデータセンター、高性能半導体GPU(など)、そしてそれらを維持するためのエネルギーインフラです。

 各社がこれほどまでの巨額を投じる背景には、「AIの覇権を握った者がすべてを手にする」という勝者総取りの論理があります。つまり狙いは勝者のみが得られる独占利潤(レント)なのです。しかし、この投資の「量」の増大は、同時に資本の有機的構成を劇的に変化させています。

★非生産的な分野が平均利潤を思い切り押し下げる

 マルクスの視点に立てば、現在のAI開発は極めて「非生産的」なものです。生成AIそのものは、それ自体が新たな使用価値を生む生産手段というよりは、むしろ既存の情報の組み替えや検索・要約さらには推論を行うサービス業です。絵や詩の生成も同様です。

 AI分野への投資は、膨大な「固定資本(不変資本)」を必要としますが、そこから直接的に生み出される「新価値」は殆んどゼロです。もし生成AIが社会に不可欠のものとして認められた場合、AI独占企業は自らの利潤を確保するために、他産業が生み出した剰余価値を「利用料」と言う名目で「レント(地代)」を吸い上げることになります。社会全体で見れば、剰余価値を直接生まない分野に莫大な資本が投下・滞留することで、経済全体の利潤率は低下し、そのしわ寄せとして他産業における労働の強化や劣化が必然化するでしょう。

★巨額投資は回収されるのか=AIバブルの行く末

 ここで浮かび上がるのが、AI投資の持続可能性という問題です。前年比60%増というペースで膨れ上がる投資に対し、それに見合う収益が確保できるのか、投資家の間でも投資が回収されるか疑念が広がっています。AIがもたらす「効率化」が、必ずしも企業の「増益」に直結しないという「生産性のパラドックス」が顕在化しつつあります。期待だけで膨らんだ株価が、実体的な利潤獲得の裏付けを失ったとき、AI投資バブルは崩壊を始めます。現在の過剰な投資競争は、崩壊の衝撃をより巨大なものにするための助走期間となっている可能性があります。このようにAI事業が大成功した場合は他の産業は抑制され、労働は劣化し、一方事業が投資に見合う収益を実現できなかったならば連鎖的な債務の破綻が発生する危険な水域に達しています。

★深刻化する気候危機

 最後に、このデジタル競争が地球環境に与える致命的な負荷を見過ごすことはできません。国際エネルギー機関(IEA)の予測では、2026年の世界のデータセンターによる電力消費量は2022年の2倍、AI業界単体では2023年の10倍に達する見込みです。

 この莫大な需要を賄うため、テック企業はクリーンエネルギーの看板を掲げつつも、実際には既存の原発の運転延長や火力の再稼働を促しています。AIによる「最適化」が環境負荷を減らすという主張は、データセンター自体が排出する膨大なCO2や消費する水資源の前に、説得力を失いつつあります。

 デジタル資本主義が突き進むAI建設の道は、経済的な独占と搾取を強め、地球環境を限界まで追い込むという、自己矛盾に直面しています。私たちは今、この「進歩」の正体を冷徹に見極め暴露してゆく必要があります。(阿部文明)


  何でも紹介・・・ 小説「長いお別れ」中島京子著 (文春文庫)

本書によれば認知症のことをアメリカでは、長いお別れという。「少しづつ記憶を失くしてゆっくりゆっくり遠ざかってゆくから」と。
主人公の男性との10年間の長いお別れを、老妻や娘たち、孫息子たちの視点で描いている。認知症ゆえの、会話のたびに生じるズレが思いもよらないユーモアや、哲学的な深いものになったりもする。やがて症状が進み、家族にのしかかる介護の負担、入院、施設探しなど、深刻になりがちな内容が笑いも交えながら温かく語られている。

厚労省によると2040年には、65才以上の3人に1人が認知症かその前段階の軽度の認知障害(MCI)になるという(2024年5月推計)。
 2024年1月には「認知症基本法」が施行され、共生社会の実現を推進することを目的とし「認知症の人の意見を尊重し権利を守る」「良質な医療・福祉サービスを切れ目無く提供する」等の基本理念を謳っている。

蛇足ながら我が家の出来事をひとつ紹介。77才を迎える夫の物忘れが増え、昨年6月から静岡市が始めた「物忘れ検診(無料)」を近くの開業医で受診、大きな病院での脳のMRI等の精密検査をすすめられた。後日公立の総合病院の脳神経内科で、検査結果を聞いた際のこと、診察室で若い医師はパソコン画面を示しつつ、傍らに座る夫にではなく真後ろの席の私に説明をする。どうやら医師は、傍らの夫を何もわからない人と思い込んでいる節があった。説明や投薬などの話は、まず本人に向けて欲しいものだと思う。認知症基本法の理念の浸透はまだ遠い。その日、物忘れの進行抑制をうたうという薬を薦められたが、本人の意思でお断りした。

「介護を社会全体で支える」介護保険がスタートしてはや25年。高齢化により総費用は3倍に膨らみ、65才以上の支払う保険料も2倍以上に上がっている。原則3年に一度の見直しのたび、負担はより重く、受けられる介護はどんどん削られている。介護従事者は安い賃金のまま、酷使されている。問題山積みの介護保険制度だが政府には今の所解決のための理念は見られない。

どう見ても不必要かつ不公正、おまけに身勝手そのものの解散総選挙で手にした「圧倒的勝利」で第二次高市政権がスタートした。歯切れよく勇ましい、あるいは耳に心地よい言葉を発しているが、確実に軍拡を推し進める一方で、医療・介護の自己負担は今まで以上に増えるだろう。ただでさえ物価高騰にあえぐ中、要介護者や病気の人は、負担増を前に必要なケアや医療を控えることは目に見えている。その結果さらなる重症化を招くことは避けられない。誰にも必ず訪れる老い、病、死、これからどうなる?(澄)案内へ戻る


   色鉛筆・・・避難者に「住居明渡し」を迫る冷酷な福島県  生存を危ぶむ最高裁の上告棄却

 最高裁第二小法廷は1月9日、福島県が原発事故の区域外避難者に対し、避難先の住居を明渡すよう訴えた裁判で、住民の上告を棄却する判決を言い渡しました。いわゆる「追い出し訴訟」と言われ、以前兵庫県内でも同様の裁判が起こされ、西宮市では移動を余儀なくされた高齢の阪神・淡路大震災被災者の方が居られました。

 上告棄却になりましたが、今回注目されるのが最高裁判決に付された三浦守裁判官の反対意見です。判決本文の約4倍の分量を割いて力説した反対意見は、被告の被災者にとって勇気づけられる、すばらしい文面になっています。皆さんとも共有し、災害の多い日本で誰もが被災者になる覚悟を持ち、生きる権利として自ら主張できるよう備えたいものです。

 この裁判の論点になるのは、形式面では、避難先の住宅が国家公務員宿舎「東雲住宅」という国所有のものを、福島県が代位して明渡しを行うことの是非です。実質面では、福島県が明渡しを求めることが行政の裁量権を逸脱・濫用するかどうかが問われていたのです。

 その三浦意見書には、「原子力災害か否かに関わらず、著しく異常かつ激甚な非常災害により、多数の被災者の避難が広域かつ長期に及ぶ場合において、被災者の支援が、個別の事情を踏まえ、その必要性が継続する間確実に実施されるよう、その居住の安定に資するための措置について適切な仕組みの構築が望まれる」と、被災者の住まいを、支援措置やサービスではなく、「権利」「人権保障」の問題として捉え、今後の大災害に備えた仕組みの構築にもふれています。

 三浦意見書のすばらしい点は、国連の「社会権規約」や「国内避難に関する指導原則」が有力な論拠として引用されているところです。住宅支援の「期限」に対しても、毎年の延長や打切りの判断が被災者に深刻な不安と心理的圧迫を与えて、孤立や災害関連死の温床にもなっています。

 「被災者にとって、生活の基盤を失って避難するという経済的にも精神的にも困難な状況の下で、その居住の安定に係わる利益は、生存の基礎であって個人の尊厳及び幸福追求に関わる」、そして応急仮設住宅の期間延長に関しては、被災者の具体的な事情を適切に考慮して判断すべきと、常に被災者の意向を汲み取る姿勢を持つことの大切さに気付かされます。

関西でも、避難の権利訴訟は兵庫、大阪(関西)、京都で長期間にわたり行われています。傍聴席を満たし関心を持ち続けること、私たちの出来ることを続けて行きましょう。 (恵)


   エプスタイン文書の部分的公開とその影響

エプスタイン文書とは何か

 エプスタイン文書とは、米司法省が昨年十二月以降段階的に開示した、米富豪ジェフリー・エプスタインによる未成年の少女らに対する性的人身売買事件の捜査資料をさす。

 エプスタインは大学を中退した後、投資銀行勤務を経て独立し、富を築いたとされる。

 二0一九年、エプスタインは性的人身売買の罪で起訴され、同八月に勾留施設内で死亡したのだが、当局はその死は自殺だと断定している。かつてトランプ大統領らと交流し、所有するカリブ海の島で要人らを招きパーティーを開くなどしていたことから、死去後も全容解明を求める声が絶えず、トランプも当初は公開に反対していたものの、その後一転して賛成に回り、連邦議会は昨年十一月、捜査資料の開示を義務付ける法律を可決した。

 今年一月三十日、同省は最終分となる文書約三百万枚、動画約二千本、画像約十八万枚を公開し、作業を終えたとしたのである。

公開されたエプスタイン文書は約半分だ

 だが同省が保有するエプスタインに関する文書は約六百万ページあるが、その半分は非公開とされた。公開されない資料の中には児童の性的な虐待を描写したものがあり、「死、身体的虐待、負傷」を描写した文書や画像が含まれるとしている。つまり犯罪が行われていたのだが、それについての捜査は開始されていない。したがって非公開の理由は、重大な犯罪を隠蔽するためだと言われても仕方がないだろう。

 実際、トランプ大統領に関係した数百万件のファイルを削除したと伝えられている。削除された資料には、トランプが未成年者を含む複数の女性と性的な関係を持ったとする当事者やその関係者の証言が含まれているという。さらに聞くに堪えない多くの醜聞がある。

 エプスタインが死んで数週間後、シリアの大統領だったアサドは「イギリスとアメリカの体制、おそらく他の国々における要人に関わる多くの重要な秘密を知っていたために彼は殺された」と語っている。おそらくこれが真実なのだろう。

ノルウェーの皇太子妃は謝罪

 米司法省が公開したエプスタイン文書には、二0一一~一四年にノルウェーのメッテ皇太子妃とエプスタインの間で交わされた多数の電子メールが含まれていた。冗談を言い合うなど親しい間柄が示され、同妃は「親交を深く後悔する」と謝罪に追い込まれた。

 政界では、ノルウェー・ノーベル賞委員会委員長や欧州評議会事務局長も務めたヤーグラン元首相とエプスタインの関係が明るみになり、警察が汚職容疑で捜査開始。「自身の立場に関連して贈り物や融資などを受け取ったかどうか」を調べるという。地元メディアは、ヤーグランがエプスタインにアパート購入の資金援助を依頼した疑いなどを報じた。

 他にノルウェーの有力外交官夫妻の子供二人にエプスタインが遺言で計千万ドル(約十六億円)を残していたことも浮上し、これについても捜査が進行中である。

 ノルウェーは「世界で最も汚職が少ない国」の一つに数えられ、政治への信頼は比較的高いとされてきた。しかしAFP通信によると、エプスタイン文書でエリート層への疑惑が次々と明らかになったことで、国民は「エリートたちの裏の顔」に衝撃を受けている。地元テレビの世論調査では、八割近くが「政治制度への信頼性が弱まった」と回答した。

英国では国王の弟が逮捕

 二月十九日、英国BBC放送は、英警察がチャールズ国王の弟のアンドルー元王子を逮捕したと報じた。逮捕容疑の詳細は報道されてはいないが、アンドルー元王子は少女らの性的人身売買罪で起訴され自殺した米富豪エプスタインに英国の国家機密情報を漏洩した疑いがある。英王室の家系から逮捕者が出るのは極めて異例であり、「エリートたちの裏の顔」のことで英国君主制度に関する議論に大きな影響が出るものと予想される。

 このアンドルー元王子はエプスタインから紹介された十七歳の少女への性的虐待疑惑を巡り、素行のあまりの悪さ等が理由で昨年十一月に王子の称号を剥奪されていた。

 アンドルー容疑者は同日朝に南東部ノーフォークで逮捕され、地元の警察署で約十二時間拘束され、警察は声明で「今朝逮捕された六十代の男は釈放された。捜査は続けられる」と発表した。ノーフォークにある自宅の捜索が終了したことも明らかにした。

エプスタイン文書をめぐる民主党対トランプ政権の闘い

 現在、エプスタイン文書をめぐる米国議会の論戦はかってのマッカーシズム=赤狩りを思い起こさせるような、民主党対トランプ政権の激しく白熱した闘いとなっている。

 司法省は大量の未編集の資料を保有しているので、連邦議会は被害者の名前等の編集を認めながらも公開を求めてきた。そして今年に入って約三百五十万頁にも及ぶ資料が公開された。クリントン夫妻、オバマの名もある。だがそれらは編集されたものなので、どうしても「加害者の名前が編集されているのではないか」という疑いが付きまとっている。

 司法省は、連邦議会の議員たちに司法省の事務所内での未編集の資料の閲覧を認めている。議員たちは全てを見ることが出来る。勿論、約三百五十万頁の資料を見ることなど不可能だ。だが民主党側の議員たちの中から、加害の証拠があり有罪の可能性がある人物たちの名前が発表されている。これからも加害に関与した人物たちの名前が出るだろう。

 今回、同省がどの議員がどのような検索や調査を行ったかについて記録を取っていることが問題視された。同省は、被害者の名前が漏洩しないように細心の注意をはらっており、もしも漏洩した場合の責任の所在を明らかにするために記録を取っているとした。一方で民主党所属の議員たちからは、これは行政権による司法権に対する侵害であるとして批判を強めた。確かに同省が議員たちがどのような調査をしたかの記録を取り、それをマスコミにリークなどすれば、議員たちに批判が集まるという危険性もある。

 司法省の主張にも連邦議会民主党側の主張にも納得感があるが、常日頃は問題視されないことが取り立てて問題視されたのは、両者にそれだけの緊張感があるということだ。

 民主、共和両党は、今後エプスタイン文書を攻撃材料として精査の上で利用し、中間選挙に向けてお互いを存分に攻撃しようと意図していることはあまりにも明らかだ。

 当然のことながら、今後文書の分析が進むことでより一層激しくなるだろう。(猪瀬)案内へ戻る


  コラムの窓・・・ピーアを望む砂浜にて!

 2月6日、ようやく床波海岸にたどり着き、韓国から来られた犠牲者遺族がその砂を持ち帰ったという砂浜に立ち、私も砂浜に触れ波に手を浸してみました。傍らでは、僧侶がピーアに向かって犠牲者の名前を読み上げていました。私は無宗教ですが、こういう場面での宗教者の行為は溶け込むようになじんで、尊いものでした。

 1942年2月3日朝、発生した長生炭鉱の水非常は183人の抗夫を飲み込みました。犠牲者のうち137人は、植民地下朝鮮で土地・財産を失い、やむなく日本に職を求めやって来たり、強制連行された朝鮮人でした。日本人46人(沖縄から5人)も、戦災下で追いやられてきた方々でした。

 昨年8月、韓国人ダイバーによって83年を経た海底から犠牲者の遺骨が浜辺に運ばれた映像は、奇跡のような映像でした。これを実現したのは1990年代から粘り強く活動を続けてこられた「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の働きと、その提案に呼応し困難な課題に挑戦した伊佐治佳孝ダイバーによるものでした。

 この2月初旬からさらに多くの遺骨を収容するための活動が始まり、7日には「長生炭鉱水没事故84周年犠牲者追悼集会」が予定され、ぜひ参加したいと6日朝はやく宇部へと向かいました。新幹線「新山口」から宇部線に乗り換え、「床波」駅に降り立ち、フィールドワークマップに従って西光寺から床波海岸へ、さらに床波公園を経て追悼ひろばに到着。

 すでに「刻む会」の井上洋子共同代表による展示の解説が行われていて、その話を聞きつつ2013年に設置された慰霊碑に手を合わせ、犠牲者の名前や追悼文(ハングルと日本語併記)をずっと眺めていました。井上さんの解説によると、長生炭鉱は宇部の炭坑のなかで最も劣悪・違法な操業を行っていた、「海の下に坑道が通っていて、海の上を通る漁船のトントンという音も聞こえてくるほどのとても危険な場所です。でもどんな手段を使ってでも、必ず脱出するつもりです。心配しないでください」と母親への手紙を残した犠牲者は27歳でした。

 慰霊ひろばと坑口ひろばは少し離れていて、途中に3メートルを超える塀で囲まれていたという合宿所(寮)や社宅があり、坑口近くには「殉難者の碑」(通称・男たちの碑)もありました。この碑は地元建立委員会によって1982年に設立された碑ですが、「四十年を迎えた現在でも、百八十三名の炭坑の男達は海底に眠っている」と、朝鮮人犠牲者には触れていません。

 6日は風もなく暖かくて、午後には頭蓋骨も収容され、何か祝福されているような雰囲気でした。それが、7日には雨交じりの風が吹き、慰霊祭も寒々として、海岸に設置されたスクリーンを見る一般参加者も寒さに耐えていました。その前の道路を救急車が通過し、まもなく伊佐治さんが電話を受けて慰霊会場から姿を消し、何か異変かという雰囲気が漂い、事故の報がもたらされました。

 慰霊祭終了後、坑口ひろばで行われる予定だった交流集会等はなくなり、まもなく台湾から来られたウェイ・スーダイバーが意識不明で救急車で運ばれました。そこまでで私は帰途についたのですが、帰宅後、その死が報じられていました。この悲しい事故後どうなるのかと思うのですが、遺骨の収容は日本の責務です。しかし、追悼式にこの国は献花1本もありません。唯一、社民党のラサール石井参院議員が参列され、挨拶をされました。衆院選結果がこの責務をなかったこととして無視しないことを、望んでやみません。(晴)

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